異次元緩和の終焉


異次元緩和の終焉
   金融緩和政策からの出口はあるのか

【目次】
序論 「金融政策の死」を「経済の死」に繋げぬために         116

第1章 異次元緩和金融政策とは何だったのか?           454
1.効果がないことは予め分かっていた
2.「期待」が変われば経済が変わるのか?
3.デフレ脱却論の誤り

第2章 マイナス金利と長期金利操作                397
1.アメリカは緩和終了、日本、欧州は緩和強化
2 マイナス金利を導入
3 本質的な困難が伴う長期金利の操作
4.マイナス金利で銀行ビジネスモデル崩壊

第3章 評価(1)物価上昇率目標は達成できず            536
1.マネタリーベースは増えたが、マネーストックは増えなかった
2.マネーストックを自由に動かすことはできない
3 マネーストックが増えなかったのは、方法を間違えたから
4 なぜ物価が上昇しないのか?
5.原油価格の下落は望ましいことだ
6.目標が達成できなくても、物価指数を操作してはならない

第4章 評価(2)消費を増やさず、格差を拡大した          481
1.賃金が上がらず消費が増えない
2 消費税の増税が問題だったか?
3.円安は何をもたらしたか?
4.企業は内部留保を増やした
5 資産格差が拡大した

第5章 世界は金融緩和政策からの脱却を目指す           483
1.アメリカの金融正常化
2.アメリカ金融正常化の影響
3.トランプ政策による金利上昇
4.総括検証で崩壊した日銀への信頼
5.国債残高の3分の1はもはや国の負担でない
6.脱却するには市場との会話が必要

第6章 緩和政策から脱却すれば巨額の損失             533
1.日銀の財務状態はどうなっているか?
2.緩和政策をやめると、保有国債に損失が発生する
3.満期落ちでも損失を避けられない
4.日銀は債務超過に陥る
5.マクロ経済や株価への影響
6.民間金融機関と国債利払いの問題

第7章 本当に必要なのは構造改革               490
1.マクロ経済政策の限界
2.「ヘリコプターマネー」は機能するか?
3.「物価水準の財政理論」は増税延期を正当化しない
4 必要なのは産業構造の改革
7.トランプを反面教師として、開かれた国を作る

概要 金融政策の死を経済の死に繋げぬために

<効果がないことは予め分かっていた>
日本銀行が量的緩和政策を採用し、大量の国債を銀行から購入した。しかし、市中に供給されるマネーの量はほとんど増えず、物価上昇率が高まることもなかった。緩和の影響は、株価が上昇し、為替レートが円安になったことだけだった。
これは、2013年から行われた異次元金融緩和政策についての評価ではなく、01年から06年まで行われた量的緩和政策(以下では「第1回の量的緩和政策」と呼ぶ)の効果である(詳しくは第1章の1を参照)。
簡単に言えば、「量的緩和をしても実体経済のパフォーマンスを改善することはできなかった」ということだ。
したがって、13年に異次元緩和政策が導入されたとき、それが経済を改善しないであろうことは、ほぼ明らかだった(私はそのことを当時刊行した書籍の中で指摘した。第1章の1)。
それにも拘わらず、なぜ量的緩和策が導入されたのか?そしてなぜ、それが日本経済を再生させる救世主であるかのように迎えられたのか?これは、誠に不思議なことと言わざるをえない。

<マネースの供給は増えず>
金融政策の成果を評価する指標としては、さまざまなものがある。それらを、「最終的指標」と「中間的指標」とに区別することができる。こ
ここで最終的指標とは、金融政策の最終的な成果を評価する指標だ。抽象的に言えば、社会の厚生がどれだけ変化したかを現わす指標である。これに対して中間的指標とは、それを達成するための手段に関する指標だ。最終的指標は抽象的なものにならざるをえないので、金融政策の評価にあたっては、中間的指標が取り上げられることが多い。
日本銀行は、金融緩和政策の中間的指標として、消費者物価上昇率を採用した。これが適切な指標かどうかは、後で論じる。
しかし、中間的目標としてまず取り上げるべきは、マネーストック(経済に流通するマネーの量)だ。なぜなら、金融政策とは、マネーストックの変化を通じて、経済に影響を与えるものだからだ。したがって、それが変化しないかぎり、金融政策が経済に影響を与えることはできない(第1章の1)。
現実の動きをみると、異次元緩和政策によって、マネーストックの増加率は、ほとんど変化しなかった(第3章の1)。つまり、第1回の量的緩和政策の場合と同じことが起きたのである。
なお、この点に関しては、一般に大きな誤解がある。それは、マネーストックとマネタリーベースが混同されていることだ。マネタリーベースは量的緩和政策によって大幅に増加したので、「異次元緩和政策によって市中にオカネがジャブジャブに供給された」と言われることが多い。しかし、これは誤りで、市中のオカネの量は、ほとんど変わらなかったのである。この誤解は放置された(第5章の4)。
異次元金融政策が導入されて、円安が進行した。これも、第1回の量的緩和の場合と同じである。しかし、これは中間目標であり、最終目標に対してプラスの効果を持つとは言えない。
そして、現実は、その通りになった。円安が進んで株価が上昇したため、株式保有者の富は増加した(第4章の5)。しかし、後で述べるように、実質賃金を引き下げて、消費を停滞させた。
また、円安が日本の金融政策によって引き起こされたかどうかも疑問である(第1章の2)。これも、第1回量的緩和策の場合と同じだ(第1章の1)。

<実質賃金は上昇せず、実質消費が停滞>
金融政策の最終指標として何をとるべきかは、難しい問題である。これについては、さまざまな考えがありうるだろう。
ここでは、実質GDP、あるいは実質消費支出を考えることとする。なぜなら、人々の生活水準は、このような指標によって最もよく表せるからだ。
現実の動きをみると、これらのどちらも、望ましい成果を示していない。実質賃金は上昇せず、消費は低迷を続けた(第4章の1)。
設備投資も輸出も増えなかったので、実質GDPの成長率は、異次元緩和政策導入前に比べて低下した(第4章の3)。
実質賃金が上昇しなかったのは、消費者物価が上昇しなかったからである。ところが、この状況は、15年頃から変化した。物価上昇率が下落した結果、実質賃金の伸び率がプラスになり、実質消費が回復したのだ(第4章の1)。その大きな原因は、原油価格が大幅に低下したことである。
つまり、日銀が中間目標とした物価上昇率の引き上げは、最終目標である実質消費に関してマイナスの影響を与えたことになる。そして、日銀の中間目標が達成されなかったことによって、最終目標指数が改善されたのだ。
一般には、2%インフレ目標が達成できなかったから、異次元緩和政策が失敗したのだと言われている。達成できなかったのは事実であり、それは、消費者物価が輸入物価の動向で決まってしまうからだ(第3章の4)。
しかし、より本質的な問題は、「インフレ率を引き上げる」という中間目標が適切なものだったかどうかだ。実質消費を最終的指標と考えるかぎり(その考えに間違いはないが)、この中間目標は誤りだと考えざるをえない。
なお、14年以降に実質消費が落ち込んだのは、消費税増税の効果だとする意見がある。消費税が影響を与えたのは否定できない。しかし、その影響は、一般に言われるほど大きなものではない(第4章の2)。しかも、14年の秋頃からの原油価格の下落は、消費税増税の効果を補ってあまりあるほど大きなボーナス効果を日本経済に与えた(第4章の2)。

<緩和政策からの出口があるか>
以上で見たように、異次元緩和の効果は、第1回量的緩和と本質的に同じものだった。
ただし、量的緩和を行なった結果、日銀に巨額の国債残高が残ってしまった点では、大きな違いがあった。
第1回量的緩和においては、残存期間の短い国債しか購入しなかったために、量的緩和を停止して暫くすると、日銀保有国債残高は、緩和政策以前の水準に戻った。しかし、異次元緩和では、残存期間の長い国債を購入した。この結果、国債購入を停止しても、巨額の国債が日銀に残存することとなるのだ。
緩和政策からはできるだけ早く脱却すべきであって、遅くなれば不可能になる。本書が最も強く訴えたいのは、この点だ。
このため、物価上昇率が高まって金利が高くなった時点で緩和政策をを停止すると、日銀に巨額の損失が発生する事態になる(第6章の1,2)。つまり、量的緩和政策の終了に当たって大きな障害が存在するのだ。
他方で、世界はこれまで10年間近く続いた金融緩和の時代から脱出しつつつある。
アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)は、すでに数年前に量的緩和政策を終了し、いまは政策金利を引き上げつつある(第5章の1)。欧州中央銀行も量的緩和政策を停止すると見られている(第5章の3)。こうしたことを背景として、世界的に金利が上昇しつつある。日本もその影響から免れることができない。
痛み止めのために麻薬を飲み続けていると、身体全体のメカニズムが壊れてしまい、服用を停止すると死の危険がある。それと同じように、量的緩和政策を停止すれば、金利が上昇して、日本経済の死がもたらされかねない状況なのだ。

<本当に必要な経済政策は何か>
リーマンショック後の先進国では、実質金利が低下したので、金利政策を行なう余地がなくなっ。このために量的緩和政策が導入されたのだが、それは、これまで見たように、経済の実態に影響を与えることがない。つまり、金融政策は死んだ。
そのことが、金融市場を殺した。現在の日本では、国債の利回りは、日銀に抑圧されて異常に低い水準に落ち込んでいる。それは、経済の実態を表わしていない。株価についてもそうだ。日銀やGPIFの購入により、日本の株価は、企業の実態とはかけ離れた虚構の指標になっている。つまり、金融市場が死んだのである。
そして、上に述べたように、金融政策の死や金融市場の死が、経済全体の死につながりかねない状況になっている。
では、このような事態に対して、いかなる政策を採用すべきだろうか?
最近では、金融政策が効かないことから、財政政策に頼るべきだとの考えが提示されている(第7章の2,3)。しかし、これによって短期的にブームを引き起こすことはできるかもしれないが、経済を持続的に活性化することはできない。
維持可能な経済活性化のためには、新しい技術を取り入れ、産業構造を変えることによって、生産性を高めていくことが必要だ(第7章の4)。日本は異次元金融緩和政策によって、貴重な3年間を空費した。しかし、いまからでも遅くはない。日本に本当に必要とされる経済政策を追求する必要がある。