日本経済入門


野口悠紀雄、『日本経済入門』、講談社現代新書、2017年3月

本書は日本経済についての入門解説書です。
本書の目的は、日本経済の現状について説明することです。しかし、単なる解説にとどまらず、現状の認識の上に立って、どこにどのような問題があるかを明らかにし、それらの問題をどのように解決すべきかを論じようとしています。

本書は、次のような方々を読者として想定しています。
経済について体系的に学び直したい実務家の方々。これまで経済を体系的に勉強しなかったが経済問題を理解する必要がある方々。新入社員の皆さん。就職活動や資格試験に臨もうとしている人たち。初めて経済学を学ぶ大学生や、高校生の皆さん。
経済学の知識がまったくない方でも簡単に読めるように、専門用語をできるだけ用いず、日常の言葉で解説するよう努めています。
経済を理解するには、データを見ることが不可欠です。それにもかかわらず、経済に関する多くの議論が、データを見ずに行なわれています。本書では、日本経済の実態や問題点を明らかにするため、抽象論にとどまることなく、最新のデータを用いて具体的に説明しています。
本書には索引があります。書籍(とりわけ、解説書)は、必ずしも最初から順に読むものではありません。索引を利用すれば、知りたいことを重点的に読むことができるでしょう。また、新聞記事などを読んでいて分からない事項がでてきたら、本書の索引から関連個所を探して読むという利用法もできます。

日本経済が抱える問題とは何か
ここで、従来の日本経済入門書と本書との違いについて述べたいと思います。
従来の入門書の多くは、日本経済を構成するさまざまな部門について、その制度と現状の概要を、あまり強い問題意識はなしに、平板に説明しています。
また、説明のもととなっている考え方は、多くの人が受け入れている常識的な理解、つまり、多数派の見解です。意見が異なること、評価が分かれていることなどについて、どちらが正しいかという判定を下すことは、あまりありません。
それに対して、本書は、「強い問題意識を持って重要なことを重点的に説明する」という方法をとっています。
本書が問題と考える事実とは何でしょうか? それは、1990年代の中頃をピークとして、賃金をはじめとする日本経済のさまざまな経済指標が、減少・低下傾向を示していることです。そうなっているのは、日本経済がさまざまの困難な問題を抱えながら、それを解決できずにいるからです。
この背景には2つの大きな問題があります。
第1は、新興国の工業化や情報技術の進展といった世界経済の大きな構造変化に、日本の産業構造が対応できていないことです。この問題は、第2章、第3章で議論します。
第2は、人口構造が高齢化しつつあるにもかかわらず、社会保障制度をはじめとする公的な制度が、それに対応していないことです。この問題については、第7章から第10章で議論します。

日本経済が正しく理解されていない
時々刻々と変化する経済の事象は、テレビや新聞で報道されます。しかし、それらの報道は、必ずしも正しい理解に基づいてなされているわけではありません。
第1に、現状が正しく認識されていない場合があります。また、古い先入観や固定観念から脱却できていないことがしばしばあります。世界経済は1980年代からは大きく変化したにもかかわらず、いまだに80年代の日本経済の姿にこだわり、製造業中心の経済成長と輸出立国を再現したいと考える人が多いのです。
第2に、経済の仕組みが正確に理解されていない場合があります。
たとえば、物価の下落は悪いことであり、物価を上昇させれば経済が良くなるという考えがあります。しかし、第5章で説明するように、この考えは誤りです。
金融政策のメカニズムは、ほとんど理解されていません。2013年から始まった金融緩和政策について、「お金がジャブジャブに市場に供給された」という説明がごく普通に見られるのですが、第6章で説明しているように、これは事実ではありません。
有効求人倍率の上昇が労働市場の改善と見なされることが多いのですが、これは正しくありません。また、「企業は内部留保を貯めこむのでなく、賃金を引き上げるべきだ」と言われることがありますが、これは、企業行動に関する基本的な誤解に基づいた意見です。これらは、第3章で説明されています。
最も深刻なのは、日本経済が抱える問題の本質と、解決の基本方向について、誤った考えを持つ人が多いことです。
日本経済が抱える問題を解決するには、経済の生産性を向上させる必要があります。しかし、日本では、この数年間、金融緩和政策に大きな関心が集まりました。そして、それによって日本経済の問題が解決されるような錯覚に、多くの人が陥ったのです。その結果、解決すべき問題に手がつけられることがなく、時間が経過しました。
しかし、第6章で見るように、結局のところ、金融緩和政策は、株価を一時的に上昇させただけで、実体経済を活性化することはありませんでした。日本経済が抱える問題は、金融緩和で解決できるものでないことが明らかになったのです。
日本は貴重な時間を無駄にしているのです。しかし、今からでも遅くはありません。日本経済の発展のためになすべきことはたくさんあります。それを明らかにするのが、本書の目的です。

本書の構成
本書は、つぎのように構成されています。
第1章では、GDP(国内総生産)について説明します。GDPは、経済を定量的かつ体系的に把握するための基本的な手段です。ところが、GDPは、抽象的な概念であるために、必ずしも正しく理解されているわけではありません。そこで第1章では、GDPの基本的な事柄について説明します。
第2章から第4章では、GDPのデータ、およびその他のデータを用いて、日本経済を産業構造、就業構造、そして所得分配の面から見ます。これによって、高度成長期以降の日本経済がどのように変化したか、現在の日本の経済がどうなっているかをとらえることができます。ここで強調したいのは、日本経済の構造が、世界経済の大きな変化に対応していないということです。
第5章と第6章では、物価と金融政策の問題について論じます。長期的に見れば、物価の下落は中国などの新興国の工業化と、新しい情報技術の進展によってもたらされたものであることを説明します。
物価上昇率(あるいは、その予測値)を高めれば日本経済が活性化されると、しばしば主張されます。そして、金融緩和政策は物価の上昇を目的としました。しかし、その目的が達成できなかっただけでなく、実体経済に影響を与えることもできませんでした。それは、「物価が上昇すれば経済が活性化する」という考えが間違いだからです。
第7章では、日本の将来に重大な影響を与える人口高齢化の問題を論じます。そしてこれが社会保障にいかなる影響を与えるかを、医療・介護について第8章で、公的年金について第9章で、そして財政について第10章で論じます。
これらの議論を踏まえて、日本が将来に向けて成長を続けるためには何が必要かを、第11章で考えることにします。
テレビや新聞で報道される考え方によって、あるいは政府や日本銀行の政策が根拠としている考え方によって、日本経済が改善されるとは、とても考えられません。問題の解決のための第一歩は、日本経済についての正しい理解を持つことです。本書がそのために寄与できることを望んでいます。

目 次
はじめに    3
第1章 経済活動をどんな指標でとらえるか    17
─国内総生産(GDP)で日本経済を分析する経済活動水準を付加価値の合計で測る/分配や支出の面から見ることもできる/経済を構成する各部門の活動/支出面から見たGDP/名目GDPと実質GDP/高度成長期には経済成長率が10%を超えていた/成長率の国際比較で日本は低位/1人当たりGDPで中国との差が縮小/「グロス」の意味/GDPとGNPの違い/GDP以外の経済統計

第2章 製造業の縮小は不可避    37
─日本の産業構造の変化を見る農業から製造業への転換で高度成長/製造業の停滞と縮小/製造業縮小の原因(1)中国の工業化/製造業縮小の原因(2) IT革命/製造業が垂直統合から水平分業へ/新興国と製造業で競争はできない/資本収益率が傾向的に低下/貿易立国は復活できない/製造業の海外移転は不可避/経済停滞はデフレのためではない

第3章 製造業就業者は全体の6分の1まで減少    59
─日本の就業構造の変化を見る製造業就業者は卸売・小売業就業者より少ない/労働供給が減少している/平均賃金は下落している/非正規雇用が増えている/パート労働者の賃金は著しく低い/政府が春闘に介入しても賃金は上がらない/日本では高度サービス産業が発達していない

第4章 ピケティの仮説では日本の格差問題は説明できない    77
─日本の所得分配をデータで見る所得に占める資本所得の比率は上昇していない/ピケティの議論は日本には当てはまらない/資本収益率の低下が大問題/日本の貯蓄率は急激に低下した/資本と所得の比率に上昇傾向が見られるか?/格差縮小のために地道な努力が必要

第5章 物価の下落は望ましい    97
─物価決定のメカニズムと経済への影響いくつかの物価指数/消費者物価上昇率は長期的に低下している/工業製品価格が著しく低下し、サービス価格が上昇/大きく変わった相対価格/消費者物価は需要面から影響を受けていない/「デフレが経済を悪化させる」との考え/相対価格の大きな変化は、経済活動の変化を要求する/2013年以降の物価動向/円安は日本の労働者を貧しくする/原油価格下落による輸入物価と消費者物価の下落/資源価格下落は、本来は日本経済への未曾有のボーナス/国内物価は十分に下がっていない

第6章 異次元金融緩和政策は失敗に終わった    121
─日本の金融制度と金融政策を考える日本の金融制度/資金循環構造の変化/名目金利が顕著に低下/異次元金融緩和政策と円安の評価/円安で企業利益が増大したが輸出は増えず/金融緩和したがマネーストックが増えなかった/金融政策の客観的な評価が必要/マイナス金利で経済は活性化できない

第7章 深刻な労働力不足が日本経済を直撃する    139
─人口高齢化がもたらす諸問題年齢構成が大きく変化する/総人口の減少は大きな問題とは言えない/重要なのは年齢構成の変化/社会保障費が増加する/労働力人口は、2030年頃には現在より1000万人減少する/介護のための労働需要が大幅に増加/経済政策の基本を変更する必要がある/出生率引き上げは解にならない/外国人労働者が異常に少ない

第8章 膨張を続ける医療・介護費    155
─高齢化社会と社会保障①医療・介護日本の医療保険制度の概要/高齢化で国民医療費の対GDP比率が上昇した/老人医療無料化で受診率が急上昇した/高齢者の自己負担率が低すぎる/65歳以上の5人に1人以上が要介護・要支援/医療・介護費の対GDP比率は2025年で13%近くになる

第9章 公的年金が人口高齢化で維持不可能になる    169
─高齢化社会と社会保障②公的年金日本の公的年金制度/年金の潜在的債務は膨大/必要な保険料を低く見積もり過ぎた/「100年安心年金」と財政検証/これまでの財政検証の問題点/非現実的なマクロ経済想定/マクロ経済スライドとは?/保険料率の引き上げでは納付者の減少をカバーできない/世代間戦争であることが理解されていない

第10章 日銀異次元金融緩和は事実上の財政ファイナンス    189
─きわめて深刻な日本の財政日本の財政構造/先進国で最悪レベルの財政/EU加盟条件を満たすには、消費税率27%が必要/消費税の構造を合理化する必要/インボイスとは/日本の消費税での前段階控除/日本の消費税は欠陥税/金利が高騰すれば、さまざまな面で大きな問題が発生する/日本は財政ファイナンスの道を歩んでいる/法人税率引き下げが企業競争力を向上させることはない/企業の競争力に影響するのは社会保険料

第11章 新しい技術で生産性を高める    213
─どうすれば成長を実現できるか?金融緩和でなく、技術開発が必要/技術革新力で日本は16位/競争力を評価する基準が変わった/新しい技術進歩をリードする企業が日本にない/ユニコーン企業も日本にない/規制が新しい技術の利用を妨げる/日本経済再活性化の原動力は、地方の創意工夫であるべき

おわりに    228
図表索引    232
索引    236

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