マイナス金利と金融政策


*マイナス金利と金融政策

日銀は5月1日に発表した日銀レビュー(「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証)で、量的・質的金融緩和が金融・経済に与えた政策効果について定量的な検証結果を公表した。これまでは、「金融緩和が所期の効果を発揮している」との定性的なコメントのみが示されてきたが、定量的分析結果が示されたことは大きな前進と言えよう。

黒田総裁は5月15日の講演で、量的・質的金融緩和による効果が政策金利2%の引き下げに相当すると発言した。政策金利が実質ゼロ金利で推移する中、金利をマイナス圏に引き下げられないとの制約(非負制約)に対応する政策が量的緩和政策である。黒田総裁の発言は、日銀が大量の国債を買い入れることで、政策金利をマイナス2%に引き下げたのと同等の効果をもたらしたことを意味している。昨年9月に中曽副総裁の講演を聞きに行った際、講演資料の中にテイラー・ルールに基づいて計算された政策金利の理論値が示されていたが、量的・質的金融緩和が実施された2013年時の理論値はマイナス2%程度の位置にあった。テイラー・ルールとは、政策金利の理論値を潜在成長率やGDPギャップ、インフレ率と目標インフレ率の差で導出する数式であり、米国を始め各国の中央銀行で活用されているモデルだ。黒田総裁の発言を踏まえると、日銀が量的・質的金融緩和を導入する際、テイラー・ルールも政策判断の材料として検討されたと考えられる。

もっとも、中曽副総裁の講演資料の図表では、政策金利の理論値が2013年後半以降上昇し、2014年にはほぼゼロになることが示されていた。テイラー・ルールの計算が正しければ、日銀は金融緩和を縮小方向に進めなければならないことを示している。しかしながら、現在の量的・質的金融緩和の枠組みではテイラー・ルールで示されるような柔軟な金融政策を行うことは困難だ。日銀は市場から大量の国債を買い入れているため、買い入れる量を少しでも減らせば国債利回りが急上昇するリスクがあるためだ。このまま国債買入れ額を増やせば、将来物価目標が達成され出口戦略に移行する際の金利上昇リスクは更に高まっていくだろう。

日銀が資産買入れによる量的緩和策を進めたのは政策金利の非負制約があったためだが、国債買入れをこのまま続けるリスクを踏まえると、今後は量的緩和からマイナス金利も含む金利政策に徐々にシフトしていくことも選択肢として検討すべきではないだろうか。具体的には国債買入れを縮小し、日銀当座預金の超過準備に付く金利である付利を引き下げるという対応である。日銀は、付利引き下げは金融機関が日銀に国債を売却し日銀当座預金残高を増やすインセンティブを下げ、金融政策の目標であるマネタリーベース増加を困難とするとの見方を示してきた。しかしながら、5月1日に発表された日銀レビューではマネタリーベース増加による効果は一切示されず、国債買入れによる実質金利引き下げ効果のみが強調されている。これまでマイナス金利の世界は想定されてこなかったが、ECBが量的緩和を進める欧州では、マイナス金利は既に現実のものとなっている。

マイナス金利を含む金利政策にシフトする効果は大きく2点あると考えている。まず、政策金利を引き下げることにより国債買入れを抑制することができれば、将来の出口戦略実施時に金利が急上昇するリスクを引き下げられる可能性がある。また、マイナス金利を含む金利政策に移行すれば、理論的には金利の下限はなくなる。実際は、現金コストや経済への影響などを踏まえるとマイナス金利にも限度があると考えられるが、国債買入れを続けるよりも政策余地が拡大できる可能性がある。また、金利を上下に動かすことでより柔軟に金融政策を行うこともできるだろう。現在の国債買入れによる政策はこれまでは一定の効果を発揮したかもしれないが、今後については政策の持続性が懸念される。現状のペースで国債買入れを進めれば、国債発行残高に占める日銀の国債保有割合は2020年に70%を超える可能性がある。日銀の国債買入れが困難となれば、量的・質的金融緩和が行き詰ることになる。日銀は物価目標達成のため「何でもやる」と言っているが、市場は量的・質的金融緩和の限界を意識し始めている。このままでは緩和効果が減殺されかねない。

金利政策へのシフトという考え方は日銀政策委員の中にも見られる。木内委員は3月5日の講演後の記者会見で、国債買入れから金利を活用した政策にいずれかのタイミングでシフトすべきとの考え方を示した。国債保有残高を更に増やせば、財政規律維持のメカニズムが損なわれ、実質的な財政ファイナンスとみなされるリスクが高まるとの問題意識がその背景にある。木内委員は4月以降の金融政策決定会合で国債買入れ額を減額する提案を行っているが、議事要旨を見る限り、国債買入れ減額は現段階では困難との理由で、十分議論を尽くされないまま否決されているようだ。物価目標達成が未だ見通せない中、出口戦略の具体策を示すことは時期尚早かもしれないが、出口戦略をよりスムーズに進めるための選択肢について議論されるべきではないだろうか。

野口塾、経済観測チーム
2015.6.10

 

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