21世紀、グローバル時代にどう生きるか

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髙橋孝雄
21世紀、グローバル時代にどう生きるか

 小生の戦後史(社会人になってからの)に想いを馳せた時、先ず、松下幸之助、アメリカ、国際大学という、3つのキーワードに思い当ります、それは、以下簡単にお話しする小生の経歴からお察し頂けるかと思います。

松下電器に入社して5年目、ニューヨークにオフィスを構えて、まだ10年目のアメリカ松下電器に出向、爾来、32年間余、丁度、20世紀一杯、アメリカで仕事をすることになりました、帰国後3年間の監査役職を経て、2003年、新潟は浦佐の国際大学の運営に関係、そのご縁は今年、2015年6月末までの12年間の長きにわたって続きました。

20世紀はアメリカの世紀といわれるほどのアメリカに30年余滞在し、そこで、何を観、何を感じ、何を学んだか、21世紀に生きるヒントは何か、ご参考までにご紹介させて頂き、それをもって、小生の戦後史にしたいと思います。

1968年、若干28歳だった小生が、まるで戦地に赴くが如く、万歳と万旗に送られて羽田空港を発ち、アンカレッジ、サンフランシスコを経由して、ニューヨークケネディ空港に着いた際の光景は、いまだに忘れることが出来ません、脳裏にはっきりと強く焼き付いています。第一印象、それは緑一杯の、とてもきれいな国に来たなというものでした。

高層ビルの立ち並ぶマンハッタンにはセントラルパークという巨大な緑のかたまりがあり、エンパイア―ステイトという愛称で呼ばれるNY州の西隣り、NJ州のニックネームはガーデンステイトと言われています、州全体が広大なガーデンということでしょうか。

飛行機は多分、その上を飛んだものと思われます。

そして、生活が始まったわけですが、何でそこまでもと思うくらい、非常に大らかな国というのが、次の印象でした。この印象は幸いに、滞在中ずっと、帰国するまで続きました。英語がチンプンカンプンの私と何とかコミュニケーションを図ろうと、皆さんから辛抱強く接してもらったこと、英語のわからないための人の学校がいたるところ、各町々に

あって、それはそれは丁寧に、ほめほめの、加点志向で、しかも、無料で教えてくれたこと、

米国滞在中、都合5回の引っ越しを経験しました、引っ越したその日、ウェルカムワゴンという少し派手目の旗をひらめかした、手押し車を押した近所の人たちがやってきて、緊急に必要なものや、サンドウィッチ、近所のお店やスーパーマーケットの案内、地図といったものを提供してくれたこと、これほど嬉しいウェルカムメッセージはありません。

こちらで生まれた子供が小学校へ入った直後、日本人の家庭に育った子供は英語が何かと十分ではないだろうと、毎日、始業前の1時間、特別クラスを設けて教えてくれたこと、等々、切りがありません。

これは多分、アメリカという国の成立ちが移民の国であることに寄るのではと思います。特にニューヨークは人種のルツボ、Melting Potと言われているほど、英語の無料レッスンも、ウェルカムワゴンも、この地域で、早く一人前になってもらわないと困る、又、新しく越してきた人がどんな人達か知りたいという、生活の知恵が原点にある、自己防衛策とも考えられますが、キリスト教文化、アメリカ建国の精神をベースにしたアメリカ人が大切にする価値観(別紙添付₋アメリカ人にとって最も重要な六つの価値観)が背景にある素晴らしいことだと思います。小生も、家族も、どれだけ助けて貰ったか、感謝の言葉もありません。

次に、アメリカでの仕事のことですが、販売会社、1社からスタートしたアメリカ松下電器が、次々に製造会社を設立、研究所も開設していったのが、丁度、小生の赴任中、90年の初めまでには24の製造会社、4つの研究所、4つの販売会社という大所帯になっていました。それらの設立と管理、IBMやGEといったアメリカのエキサレントカンパニー、トヨタやホンダといった日本企業とのネットワーク構築、等々、大いに学び、大いに感じた本当に得難い経験をすることが出来ました。

先ず学んだことは、日米の仕事のやり方、考え方に大きな違いがあるということでした。

日本での仕事を野球に例えると、7回裏で1点のリードを許している状態でも、まだ2回ある、なんとか逆転をという感覚が通用する一方、米国ではビジネスそのものは、ボクシングのような感じ、公式には12ラウンド戦えるとしても、第1ラウンドでKOされてしまえば後の11ラウンドはない、1回1回を着実に勝ち進んでいくしかない感覚。今日の勝者は明日の勝者とは限らないという厳しい競争社会は、将にストレス社会に生きているという感覚でした。

次に米国に進出してきた多くの製造会社は、アメリカ松下電器傘下の製造会社を含めて、製造を中心とした機能は充実しているものの、商品企画、研究・開発、法務、といった機能が薄弱で(この機能は日本の本社が果たしていることが多い)会社というよりは工場との印象がありました。米国に居を構える企業がフルファンクションを持った会社ではないこと、これは日本側にはなかなか理解してもらえず、しばしば、現地採用幹部の誤解のもととなり、経験豊富な優秀な現地社員が会社を去って行った残念な例を幾度も経験しました、

日本人、現地人が経営に関わった時、必ずお互いの感覚の差、考え方の差が生じ、そこから生じるお互いのストレスの原因を文化の差、言葉の差という答えを出しがちですが、常に差は大いにあるとして認め、危機感を維持し、スピードを重視し、業務内容も抜本的に見直しをしながら、お互いのゴールは同じかどうかと問いかけ、確認が重要不可欠と思います。

1990年に入ると、経営のグローバル化の必要性が、特に、日本企業において叫ばれましたが、小生が試行錯誤の上結論に至った、経営のグローバル化とは、自社企業の中・長期計画を地球規模で実現する自社流経営のこと、あくまでも自社流経営が基本、例えば、日本、米州、欧州、アジアという四極体制経営をしている企業での基本的な考え方は、四極それぞれの地域で自主・自立、そのためには権限移譲、経営幹部レベルの現地化、それを可能にする人材の確保が最大のキー。この際、経営理念の理解がしばしば問題となりますが、必ずしも経営理念が先にくる必要はないと考えます、例えば、トヨタ、海外に進出する際、敢えて、トヨタ色は出さず、先ず、仕事のやり方、トヨタかんばん生産方式を伝え、精神論は毎日毎日の仕事の中でのトヨタ流の実践から学んでいく方法をとっていました。ホンダも然り。

経営トップの現地化、国際化の過程でみられた日本企業が持つネガティブな要素を、小生の経験から、敢えて、整理してみると

*会社自体が日本人中心であること、権限移譲が遅い

*言葉の問題

*採用する現地人の素質 (給与体系とキャリアパスがあまりにも日本的)

*専門家集団、弁護士、会計士、を使いこなせない

*もっと一人一人が自己研鑚に励むべき

松下電器に縁を得て一番良かったことは、入社直後から繰り返し、繰り返し聞いたことですが、松下電器はものを作る前に人を作る会社(人と人が会うやしろ)である、人材を人財と考え、企業内教育による人財育成に確固たる信念を持っていたことです、今の時代には通じ難いかもしれませんが、入社当時、忘れられないやり取りがありました。大学で経済を専攻した小生ですが、どういうわけか、ある事業部の経理部に配属となりました、会計を知らない、そろばんも触ったことのない人間がどうして経理部へ、若さと馬鹿さに任せて、その理由を聞くべく、本社の経理担当、副社長に面会を求めました、副社長は開口一番君が専攻した経済は、僅か4年間、これからの会社生活、40年の長丁場の中で、君が経理職に向いているか、向いていないかは、会社が判断する、君が判断する事項ではない、大変な権幕でした。同時に、その直後から始まった2か年訓練と称する経理の訓練はかなり厳しい、スパルタ的なものだったとの印象があります。

更に、順番が違うかもしれませんが、何といっても、松下幸之助の謦咳に接することができたことだと思っています。世に経営の神様と言われたほどの経営の原点は、彼自身が経験した中から生まれ、会得し、DNAまで昇華した、厳しいまでの危機意識の自覚、頼れるものは我が身のみ、自主自立を標榜する経営はコミットメントそのもの、そして、その根底には“和を以て貴しと為す”和の心、縄文の心が流れていました。色々な実践論の中で、何かやろうと決めた際、49人が反対しても、51人が賛成であれば、トライすべき、世の中、何をするにも反対はつきもの、先ずはトライ、実行を、最後は、強い信念と折れることのない頑張る心、であるということをいつも強調していました。この考え方が、米国での小生のビジネスの拠り所となったことはいうまでもありません。

頑張る心について、スリランカの友人から聞き、感銘を受けた話があります。

5世紀のころ、セレンディップ(現スリランカ)と呼ばれていた国の三人の王子が海外への冒険旅行を命じられ、用意周到な計画を立てていざ出発するも、書物で学んだ知識はまるで役に立たず、大変な辛苦に遭遇する。王子たちは思わぬ経験を積み、新しい知識を身に付けて帰国し、故国を難局から救う。この故事から偶然による、思いがけない発見、経験を英語ではserendipityセレンディピティと呼ぶようになったとか。

まだ貧しい島国であった日本を離れ、右往左往しながら米国で仕事した自身の青年時代を振り返ると、スリランカの王子たちの姿がときに重なってきました、少なくとも、二十代の終わりから30余年、米国で武者修行を積んだことが、その後の人生の糧となったことは言うまでもありませんが、当時、小生が心にしていた頑張る心とは

*本も読まなくてはならぬ・考えてもみなくてはならぬ・しかし働くことはより大切である・凡人は働かなくてはならぬ・働くとは自然に親しむことである・天然、自然をみつめることである・こうしてはじめて周りがみえてくる・成果が出ず、認められず、焦燥の日が続いても、好奇心を持ち、愚直に努力を続けていけば、セレンディピティを手にすることが出来る

*外国暮らしになじみ、多くの知己を得るには、礼儀作法・テーブルマナー・見知らぬ人への親切と寛容・弱者へのいたわり・傍若無人にならない気配り・仕事の前に周囲から好かれる人になれ

*Today is the first day of the rest of your life.、人生はこれから、今日また頑張ればいい

2000年、32年間余の長きに亘って滞在し、第二のふるさとともなっていたアメリカを去るにあたって、私はアメリカに住み、アメリカで仕事をし、アメリカで生きていくうえで望まれる人物像を“Fundamental なCoreとして求められるグローバル人財像”として文字に纏めてみました。

Fundamental なCoreとして、求められるグローバル人財像

・Humble Spirit

その国で常に“軒”を借りて生活し、仕事をしている、その国の社会インフラを使わせて貰っている、感謝の気持ちに徹することができる人財。自分は、“黒子”、主役はあくまでも

あなた、という気持ちを持ち続けられる人財。どうしたら、その国の人に舞台に立って貰えるかを絶えず考えることの出来る人財。決して遠慮ではありません。

謙譲の精神、感謝報恩の精神といえます。

・Perception Gap

日本式, なになに国式とよく言われます。これらは確かに違っています。問題は具体的に、何処が、どう違っているかが重要です。相手が自分と同じ“土俵”の上に乗っているのか、絶えず確認することができる人財。水の中に手を入れた時、自分は冷たいと感じるが、相手は温かいとか、ぬるいと感じているかも知れません。

Perception Gapが必ずあることを認識し、それを理解する精神といえます。

・Benchmarking

いまよりももっと良い方法はないか、それが世界のレベルなのか、最高で最善かどうか、

絶えず問いながら、そのためには外にも目を向けて、ネットワーク構築の重要性を知り、

コミュニケーション能力、特に英語力に優れた人財。何事にも驕りは禁物。

“基準は世界“を標榜し、実践する精神といえます。

・Integrity

一本筋の通った、この人の言うこと、行い、約束することは間違いないという安心感を与えられる人財。他の人から、あの人はa man of integrityと言われたら、ビジネスの世界で勲章を貰ったようなものです。もはや、名刺は不要となります。

清廉、誠実、公正、正直、不屈を総合した精神といえます。

2003年、実業の世界、松下電器を離れた直後、当時、松下電器の社外取締役だった、故中山素平さんのご縁で、国際大学の運営に関わる仕事という、願ってもない栄に浴することになりました。国際大学は1982年、財界の鞍馬天狗とも言われた中山素平さんが中心になって新潟県は浦佐という片田舎に設立された300人ほどの小規模の大学院大学です。

世界に通用するビジネスリーダーの育成を目指し、公用語は英語、学生は世界50か国以上の国から派遣されていて、うち3割は日本企業から派遣された日本人、全寮制、平均年齢は29歳、社会経験も豊富でマチュアーな学生が集まった、将にダイバーシティに富む学校でした。教育への関与は全くの門外漢な小生でしたが、米国での経験が本当に役に立って、グローバル人財の育成に幾ばくかの貢献が出来たのではと思っています。

12年間に亘る国際大学とのご縁でしたが、東京、大阪、ニューヨークといった都会しか知らなかった小生にとっては、浦佐はまさに日本再発見の場となり、学校運営は人財育成の重要性と課題を再認識した場となって、本当に有意義な経験をさせて頂いたと、感謝しております。

求められるグローバル人財について、教員や学生たちと随分とディスカッションしました。小生は米国での経験を前面に出して話をしましたが、共通点、相違点の中から、大体以下の様に纏まったと思います。

・グローバル化とは、単純に日本人が海外へ出てゆくということではなく、出て行った先の国や地域の人たちと共に成長し、価値を生み出してゆくこと、それは、ナショナリティを失うことではなく、それぞれが持つ多様性を生かしていくこと。世界が緊密に連携を強める中、頻出するグローバルな課題を解決できる人財の創出は、企業の社会的な責務でもある

・求められるグローバル人財の資質

*どんな国、どんな業種でも働ける、問題解決能力を有する、マルチタイプな人財

*時代にただ対応するというのではなく、先回りして、変化を待ち受ける人財

*心に地球儀を持つことで(全地球的な視点を持って)ある国の中に縮こまることなく、世界に羽ばたき、戦う人財

*パッションと胆力を持って人々を引き付けて動かし、グローバル社会の多様性を生かして、創造性とエネルギーに変換できる人財、キーワードはパッション、好奇心、モチベーション

*異なるもの(異文化に触れること)を面白いと思う気持ちを持ち、人脈を駆使して、幅広いネットワークを築き、事実に基づいた客観的な論理構築力と発信力を可能にするコミュニケーション能力(語学力)を有する人財

・グローバル人財のコアバリュー

*多様性の尊重(respect diversity)

*機会の均等(equal opportunity)

*実力主義(meritocracy)

*専門性を持つ

*誠実(公正・正直・不屈)(integrity)

・グローバル人財の育成

*語学力、異文化理解力、チャレンジ精神、日本人としてのアイデンティティ、幅広く深い教養と専門的知識を身につけること

*世界に通用する人物を、自分なりに研究するといった形で歴史に学ぶ

*情熱をもってグローバルに活躍している人と会い、刺激や薫陶を受ける

*企業や大学、社会も上記のようなこうした機会を与える

*パッションを持った人間には若手であっても一定の権限を与えてどんどん挑戦させ、*成功経験を積み重ねながら、大事に育てる

*リベラルアーツの重要性

*スキル教育以上に、高い志、パッションやモチベーション、リスクテークといった意識を喚起する

*少人数の課題解決型の教育を通じて、課題を調べ、プレゼンし、議論しながら皆で解を求める

・グローバルな(国際)関係を分析するに

*三つの政策領域    *政治・安全保障 *経済 *歴史・文化

*三つのアフターレベル *政府 *市場 *ビジネス

*三つの関係性の態様  *協調(関与)*対立(ヘッジ)*競争(競争)

米国での経験をベースに集大成した「求められるグローバル人財とは」そしてその人物像は何か、これらは現場、現物主義が発想の原点故に、教員や学生との話や時に行った講演、説明では説得力もあり、比較的好意的なフィードバックを得ていた、いるのですが、多くの場合、”noted” 頭での理解だけで終わってしまうのが実情でした、特に、国際大学を終了後企業に戻った日本人学生が真のグローバル人財として育っているかどうかということになると、甚だ疑問、何故だろう、何が足りないのだろうという物足りなさ、不完全燃焼さが常にありました。これはあくまで、HOW,必要条件に過ぎないのでは、必要十分条件は、と考えたとき、足らないのは“日本人の心”ということではないかという思いに至りました。

これから先のコメントは、まだまだ未完成、恣意的なきらいがあるのですが、敢えて述べさせて頂きますと、“日本人の心”とは、

・縄文時代から脈々と伝わり続く「草木国土悉皆成仏」全てに命があり、夫々がそれぞれの役目を静かに、粛々と担い、全てイコール、やよろずの神、多神教、そこに流れる

基本的な縄文の心には、布施、精進、忍恥、調和がある

・白と黒のほかにグレイがある、グレイをゆるす

その心は、時代と共に

・聖徳太子の17条の憲法、古事記の神話に示される      和魂和才

・遣唐使を境に 中国文明の影響               和魂華才

・明治維新を境に 西洋文明の影響 神仏分離         和魂洋才

・高度成長を機に 経済成長 科学万能            洋魂洋才

和魂 魂は自然の内側にいる 自然と共に生きる 自然を畏怖する

洋魂 魂は自然の外側にいる 人間が自然を管理する 自然を畏れない

洋魂、洋才が何たるものかの理解を十分したうえで、グローバル人財たるには、本来的な上述の和魂・日本人の心の理解・認識がマストかも知れません、グローバル人財と日本人の心、関連がないかもしれません、また、若干、横道に逸れかもしれませんが、今後も機会を見つけて更に掘り下げていこうと考えています。

最後に、サブタイトルとして選んだ「21世紀、グローバル時代にどう生きるか」という命題に対する、小生の見解をご紹介させて頂きます。

社会生活面におけるアメリカの変化からの推察ですが、この云十年間、アメリカも世界でも貧富の差が益々広がっていて、特に発展途上国において、歴然とした差として現れてきています、この差をどう解消し、この二つをどう結び付けていくかということが21世紀の課題の一つではないかと思っています。

差をなくす、平準化するのに一番確かなのは、知識の習得、教育だと思います。日本の明治維新以後の例からも明らかなように、教育がそのバリアーをなくしました。貧しい世界中の地域から、間違いなく、大学へ行って、大学院へ行って、そして、ロンドンや東京、ニューヨーク、上海といった地域で、仕事を得、バリバリと働く人が出てきます。

そういう意味で、21世紀は社会生活面でグローバリゼーションが大きく進む時代であろうかと思います。

更に、社会を担う、或いは、ワークフォースを構成する人の日米の違いからの推測として、戦後の日本の目覚ましい発展を担った主役は中央、中高年、男性、日本人だったといって過言ではないと思いますが、21世紀、社会的生活面でグローバリゼーションが進むとき、主役はどうでしょうか、キーワードは、中央に対して地方、中高年に対して若者、男性に対して女性、日本人に対して、外国人ではないでしょうか。情熱と鍛えられた能力を持った若者、女性、外国人が大いに飛躍、活躍する時代だと思います。

21世紀のビジネス面におけるグローバリゼーションは、その進歩が既に日々ものすごいスピードで進んでいることからして、推測は非常に難しいといえますが、世紀をまたいで既におきていることから学ぶとすると、グローバリゼーションの第一段階は自国でモノを製造し、加工して、輸出する時代 第二段階は工場を移転して現地生産をする時代 第三段階はホワイトカラーのグローバリゼーションの時代、これには二つの面があります。

第一はホワイトカラーの仕事の一つ一つがそれを最も得意とする、最も効率の良い地域や国でなされる、例えば、給与計算や出張旅費の精算は中国、消費者相談センターはカナダやアイスランド、コンピューターのソフトやシステム設計はインド、マーケッティングや営業は世界それぞれの国といったことで、これは既に起きている一般的な現象です。

ホワイカラーグローバリゼーションのもう一つの姿は、仕事をする同僚は外国人、しかも優秀な外国人というケースが多くなってくることです。このようなことが起きた時、必ず必要になってくるのはスキルです。スキルの第一は英語力です、同僚である世界中の人達を相手にする際は勿論、NPOやNGO,日本の企業でも英語で役員会や一般の会議をする時代になってくると思います。スキルの第二は、世の中の大きな流れを理解するという意味の、一般教養でしょう、歴史や宗教、社会学といったリベラルアーツが大いに役立ちまた、必要になってくると考えます。スキルの第三は、今まで専門知識といわれた、法律、会計、経営 等の知識を、どんな分野で仕事をするにしても、身に付けることです。世界のそれぞれの分野で活躍する仕事のプロは弁護士、会計士、MBA修士の資格をもっていると考えて間違いない社会が来る、来ていると思います。

21世紀はIoT、人工頭脳、ロボット、の時代、情報制御・分析・通信技術、ソフト開発、メディカルエンジニア、電子工学エンジニア、ユーザーサポートといった新しい仕事、これを動かすのも人、活かすのも人、”基準は世界“グローバルに活躍できる人の将来は無限です。

アメリカ人の六つの重要な価値観  The Six Most Important American Values

・アメリカ合衆国の最初の移民は、それぞれの国では得られなかった自由、就中、宗教的自由をこの国で求めた人々である。何となれば、当時の英国では、国王が教会の最高責任者である英国国教の信仰だけが許され、それを認めない他の宗教は非合法と見做されて、英国国教を信じない人々は監獄行きか離国の選択しか与えられなかった。その当然の帰結として、アメリカには国教というものは存在せず、人々は自由に自分たちの信じる宗教を実践することとなった。

この国に普く価値観は、専制君主制と世襲制を基本とするヨーロッパの宗教的、社会的、政治的価値観の拒絶・否定が原点であると謂える、そして、それらはこの国の建国の精神として、独立宣言や憲法の中で高らかに謳われることとなった。その後も、時代の中で昇華しながら、ある時は、ゲティスバーグにおけるリンカーン大統領の演説の中で、of the people, by the people, for the peopleという形で現れ、ある時は、ケネディ大統領就任演説の中で現れている。以下に述べる、6つの価値観、これを理解することはアメリカ人の文化、宗教、政治、経済、社会・家庭生活を理解するに極めて有効である。

その1:個人の自由と独立 Individual Freedom or Independence

最も大切な価値観、自分の意見、信念を述べる自由、自分の意志で政治形態を選ぶことのできる自由、自分の宗教を信ずる自由、自分が求める幸福を追求する自由

その2:独立自尊  Self-reliance

これは初めてこの国に移民してきたプロテスタントが信じていた基本的な宗教観、価値観である。キャソリックが教会という組織の一員として神にコミットするのに対し、プロテスタントでは、個人一人一人が、独立自尊の精神の元、善良な人間を目指すことを神に約束し、その過程においては自己研鑚と自己責任が要求され、更にこの延長線上に、アメリカ的な奉仕と人道・博愛主義が存在することになる。

その3:機会均等  Equality of Opportunity

旧弊な支配階級のない新世界に移ってきた何百万という移民者にとって、成功を掴む機会は将に均等、多くの人々が成功を勝ち取った。只、一部の人々、特に黒人には真の機会均等はなかったといっても過言ではない。

その4:競争  Competition

機会均等の代償は競争、競争には必ず勝者と敗者が存在する。このため、勝者にならんとしてアメリカ人は若いころから常にストレスと重圧にさらされている。そして競争心が齎す最大の問題は、最早、競争社会に縁のなくなった老人に対する尊敬の気持ちが薄れてしまうことである。この点はアジアの人々の価値観と根本的に違う点である。

その5:物質・実利主義  Materialism

プロテスタント社会に於いて富は神の承認を得た印とみなされていて、豊富な天然資源に恵まれたアメリカでは、富は身近にあり、人々の富への憧れ・追求心が大きい。正式な階級が存在しないアメリカ社会にあっては、富は地位を計るメジャーであり、富の多寡が階級社会のベースになっている。第二次大戦後の数十年間、多くの人々は快適な生活をエンジョイできる中産階級となり、金銭的にも安定した生活を送ることが出来た。しかしながら、この30年余りの間に、この傾向には終止符が打たれ、今は、お金持ちは、僅か1%、残り99%の人たちの生活水準は今まで通りか、以下となっている。中産階級は大きく減少し、貧者の数はとてつもなく増え続けている。

その6:ハードワーク Hard Work

勤勉さとハードワークはプロテスタントの持つ優れた資質である。神にもエンドースされた物質至上主義の世界を生き抜くために、富を追って、彼らはより勤勉に、よりハードにワ-クしてきた。現に、ヨーロッパの人々と比べると、アメリカ人が仕事に費やす時間はより長く、休暇に費やす時間はより短い。しかしながら、近年、グローバルビジネスの下、多くの製造業、サービス業に関連する仕事は海外に移転(アウトソース)され、今や、彼らはいかに長時間一生懸命働こうにも、自主独立の精神を持とうにも、貧困から抜け出す機会がほとんど無くなっている。ワーキングプアーという新しい階級の存在が現実となってきている。

・アメリカン ドリーム  The American Dream

過去も現在もアメリカン ドリームこそ、この国に入ってくる移民者の最大の動機である。彼らは機会均等の社会で一生懸命働けば、より良いライフ、即ち、より多くのお金とより高い地位を築くことが出来ると信じている。しかしながら、現実は、機会均等はあくまで、夢、現実性のない理想である。この国の建国以来、現在に至るまで、成功者は皆、他の人たちより先にスタートできた人達であり、白人には常により大きな機会があった。

只、昨今、この傾向に変化の兆しが見えてきている。これはアメリカがより多様な民族国家になってきていることに由来している。新しい価値観が創造され、今後、アメリカが再び名実ともに全ての人にとって夢を実現する機会のある国、the Land of Opportunityになることを願い、期待するものである。

 

 

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