サクリファイス

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タルコフスキイの「サクリファイス」

最終戦争が勃発した瞬間
旧ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキイの最後の作品「サクリファイス」には、世界最終戦争のさまが描かれている。

アレクサンデルは、引退したスウエーデンの舞台俳優で大学教授。北の海の静かな孤島に、元女優の妻とともに住んでいる。
彼の誕生日、祝いに集まった友人たちが部屋で談笑していると、グラスが振動をはじめ、かすかな音を立て始める(タルコフスキイの映画「惑星ソラリス」や「ストーカー」にも、似た場面がある)。

突然、耳を弄する轟音を響かせて戦闘機が上空を通過し、その振動で棚のガラス容器が床に落ち、割れて飛び散る。第3次世界大戦が勃発したのだ。

テレビをつけると、画面には映像が映っておらず、首相の暗い声だけが、井戸の底から響くように聞こえてくる。
「決して絶望してはならない。すべての国民は、自宅にとどまり、移動してはならない。軍隊が治安維持のために出動する・・・」。
ここまで言って、テレビも沈黙してしまう。電話も通じない。
部屋にいる人々は、何が起こったか皆目見当がつかない。しかし、滅亡に向かう幽閉状態に閉じ込められたことは間違いない。ここから脱出するすべはない。
突然の熱線と爆風で吹き飛ばされるのか、それとも、飢餓や疫病が忍び込んできて、ゆるやかな死に至るのか、どうなるのかはまったく分からないが、昨日と同じ明日が、もうめぐってこないことだけは確かだ。

映画は戦争の恐怖をどう描くか
考えてみると、もしわれわれが第3次世界大戦に遭遇するとすれば、このような経緯をたどって実現するに違いない。
わずか数秒前のかすかな予兆。そして、大地を揺るがす轟音とともに、異常事が勃発する。そして、すべての情報から隔絶され、これから何が起こるのか、まったく分からない状態に幽閉される。「決して絶望してはならない」などと首相が国民に沈んだ声で告げるような事態とは、いったいどれほど深刻なものなのだろうか?

「第3次世界大戦もの」の映画は数多くあるが、そのほとんどは、核ミサイルの発射や核爆発を映像で示す。その典型は、「ザ・デイ・アフター」(1983年)だ。

ミニットマン・ミサイルの地下基地で緊急の指令が受信され、ミサイル発射ボタンが押される。サイロの蓋が開いてミニットマンが噴煙とともに姿を現し、上空に向けて飛び出す。空軍基地からはB52が緊急発進する。ソ連ミサイルの軌跡が何本も、レーダー・スクリーンに現れる。やがてそれらは、アメリカ大陸に到達し、都市の上空で炸裂する・・・。
しかし、われわれはこうした画面を見ても、恐怖を覚えることはない。何度も何度も核爆発が起こるのだが、それが自分の身にも起こりうることとは、到底考えられないのだ。安全で快適な部屋から、遠いところの様子を、テレビのニュースで見ているような気持ちになってしまう(実際、映画を見ているのだから、当然のことなのだが)。
そして、「これだけ何回も核爆発があったのに、主人公はなぜ生きていられるのだろう?」と、余計な疑問を抱いてしまう。

極限の恐怖とは、何がどうなったのかまるで分からない状態に放置されることなのだ。沢山の詳細情報を与えられては、われわれは客観的な観察者になってしまう。
つまり、いくら金をかけ、特殊撮影やSFXを駆使しても、効果的な映画ができるとは限らないのである。イマジネーションによる恐怖のほうが、ずっと大きい。
タルコフスキイは、この手法を頻繁に使う。例えば、「ストーカー」で、井戸に石を落してから水音が聞こえるまでに異常に長い時間がかかる。
このシーンを見ると、「何と深い井戸なのだろう!」と驚嘆してしまう。

タルコフスキイの「僕の村は戦場だった」と、スティーブン・スピルバークの「プライベイト・ライアン」(冒頭に、ノルマンディ上陸作戦の凄惨な戦闘場面がある)を比べて、どちらが戦争の恐怖を感じさせるだろうか?誰でも、間違いなく前者だと答えるだろう。
「僕の村は戦場だった」で、主人公の少年斥候兵が前線を突破するとき、曳光弾の光の中に、墜落したドイツ軍戦闘機の残骸が浮かび上がる。これは、戦争の悪夢そのものだ。ライアン捜索隊の隊長ミラー大尉の代役ならやってもよいと思うが、少年兵イヴァンにはなりたくないと、つくづく思う

タルコフスキイ
タルコフスキイは、映画「ノスタルジア」(1983年)のイタリアでの撮影後、1984年に亡命した。「ノスタルジア」には、ロシアへの切々たる望郷の思いがつづられている。
「サクリファイス」(1986年)はスウエーデンで製作した映画だ。この撮影時すでに、彼は、がんのため死期が近いことを知っていた。
この年の春には、旧ソ連チェルノブイリの原子炉が暴走し、「世界の終末」は決して空想事ではないと、世界中の人が思い知らされた。タルコフスキイは、その年の終わりに、パリで肺がんのために亡くなった。

タルコフスキイについては、多数の書籍が出版されている。邦訳されているものも多い。映画が難解なので、解説は役に立つ。つぎの書籍には、興味ある論文が掲載されている。
ミシェル・エスティーヴ(鈴村靖爾訳)、『タルコフスキー』、、国文社、1991年。
タルコフスキー
ピーター・グリーン(永田靖訳)、『アンドレイタルコフスキー 映像の探求』、国文社、1994年。
アンドレイ・タルコフスキー―映像の探求
月刊イメージフォーラム、1987.3増刊、No.80、『タルコフスキー、好きッ!』、ダゲレオ出版、1987年。

毎日欠かさず続けていければ、世界はいつかは変わる
「サクリファイス」の冒頭のタイトルバックには、レオナルド・ダ・ヴィンチの未完の大作「東方三博士の来訪」が長々と写し出される。それに、バッハの「マタイ受難曲」がかぶる。多くの人はこれらの有名な作品を知ってはいるが、別々に知っている。だから、この2つが組み合わされたことによってかくも強烈な印象が作り出されることに、驚嘆するに違いない。

映画の最初の場面、主人公アレクサンデルは、荒涼とした海岸に木を植えている。この木は、「東方三博士の来訪」の中心に描かれた「生命の木」のようだ。
アレクサンデルは、息子に、「毎日、木に水をやるように」と言い、中世の修道僧が山に植えた木に毎日水を運んで、ついに花を咲かせた話を聞かせる。そして言う。
「一つの目的をもった行為は、いつか効果を生む。毎日欠かさずに続けていければ、世界はいつかは変わる」
映画の最後に、もう一度この木が出てくる。それは、海岸にしっかりと根を下ろしたように見える。カメラは木をクローズアップして、上へ上へと移動してゆく。「植えたときに裸だった木は、もしかしたら、葉や花をつけているのではないか」と、ドキドキする瞬間だ(結局、木は葉も花もつけていない)。
この場面は、タルコフスキイの映画では珍しく、未来への希望を感じさせる。彼の最後の作品(彼はがんに侵されていたので、この作品が最後になることを自覚していたはずである)が、こうしたシーンで終わっていることに、われわれは安堵する。

犠牲なしに未来はありえない
ところで、明日が来るのは自明のことだろうか?
多くの人は、明日があることを当然の前提として行動している。
しかし、明日の存在は必ずしも自明のことではない。
「サクリファイス」が疑似体験させてくれるのは、明日が突然消滅するという恐怖だ。
この映画の主人公は、アレクサンデルは犠牲を約束して、世界の救済を神に願う。そして奇跡が実現する(奇跡を行なうマリアの何という存在感!)。

あくる朝目覚めると、平和で心地よい朝日が部屋に差し込んでいる。
「よかった。夢だったのか」と私なら思ってしまうのだが、主人公は、犠牲を捧げるという神への約束をはたすため、自分の家に火を放つ。
われわれは、何の犠牲もなしに明日を迎えられるという考えに慣れすぎているので、この場面を見ると仰天してしまう。しかし、よく考えれば、犠牲なしに明日はありえないのだ。

日本経済活性化のためには構造改革が必要という。そのとおりだ。しかし、それが犠牲なしに実現できると考えるのは、傲慢というものだろう。
経済構造が変わるとき、犠牲がまったくないことはありえない。誰もがハッピーのまま社会が変わるはずがない。誰が犠牲になるかを明確にしなければ、構造改革は空念仏に終わる。犠牲者を決めるのが政治である。

しかし、そうした雰囲気は、日本から雲散霧消してしまった。この数年、円安で企業の利益が増え、株価が上昇したからである。
「構造改革をしなければ日本経済の明日はない」と言っても、真剣に耳を貸す人は誰もいない。
だが、日本経済の本質的な問題は、何も解決していないのだ。新しい技術への適応力のなさも、国家財政の膨大な赤字も、年金制度が抱える深刻な問題も。その半面で、将来の日本経済を牽引すべきリーディング・インダストリは、一向に生まれてこない。
事態が深刻で、「大改革をしなければ」と人々が考えていたときのほうが、未来があった。もっとも恐ろしいのは、人々が現状に満足し、危機感を失うことだ。「このままでも、何とかなるだろう。何もしなくとも、明日は来るだろう」と、根拠のない安心感に安住してしまうとき、社会はもっとも恐るべき病に蝕まれる。

なお、「サクリファイス」と「ストーカー」がブルーレイ化され、6月10日に発売されるそうである。


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