ネフスキイ

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エイゼンシュテイン賛歌(その1)「アレクサンドル・ネフスキイ」

旧ソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインは、不朽の名作をいくつも残している。最高傑作は、1938年の「アレクサンドル・ネフスキイ」だと思う。
1240年、ロシアに侵入したドイツ騎士団をノヴゴロド公ネフスキイが撃破した史実に基づく物語だ。

全編のクライマックスは、1242年4月5日、氷結したチェドスコエ湖で行なわれた両軍の決戦。
決戦の朝、ロシア農民軍は湖の一方で待ち受ける。どんよりした雲が映し出され、その下に画面の端から端まで、農民たちが氷の上に1線に並んでいる。岩の上に立っているネフスキイとその幕僚たちのマントが、風で翻る。これは、映画の教科書によく使われる名場面だ。
音楽はセルゲイ・プロコフィエフ。これ自体が名作で、「カンタータ、アレクサンドル・ネフスキイ」として、映画とは独立に演奏されることもある。ドイツ軍のテーマは音が歪んでいるが、不快な印象を与えるために、わざわざそうしているのだそうだ。
遥か彼方から徐々に近づいてくる大軍団を見て、ロシア軍の緊張が高まる。1人が、「ウェッジ・フォーメーション(楔型隊形)だ」と呟く。
この戦闘隊形は、第2次大戦の戦車戦でもしばしば用いられた。ソ連国策映画「ヨーロッパの解放」第1部には、クルスク戦車戦でドイツ軍の戦車隊が楔型で進撃する場面が描かれている。

「アレクサンドル・ネフスキイ」では、人馬入り乱れての白兵戦が画面一杯に展開する。これが、全編の3分の1にもなるのだから、半端ではない。人海戦術そのものだ。予算がいくらでも使える旧ソ連の国家プロジェクトでなければ、とても撮影できない。
つまり、ソ連が崩壊したいまとなっては、こうした映画はもはや制作することができない。いまでは、白兵戦であれば、ほとんどCGだ。例えば、07年のアメリカ映画「300 (スリーハンドレッド)」の白兵戦は、見ればすぐに分かるCGである。

膠着していた戦線が打開され、ネフスキイはドイツ騎士団の首領に馬上一騎打ちを挑む。ローレンス・オリビエの映画「ヘンリー5世」での一騎打ちも見事だが、「アレクサンドル・ネフスキイ」のほうが勝る。

ネフスキイが首領を打ち倒し、騎士団は一挙に敗走に転じる。この場面でも、人と馬の奔流が省略なしに映像化されている。いまの映画では絶対に見られないシーンだ。
ところが、騎士団は重い鎧を付けているため、集合した場所で氷が割れてしまう。彼らが冷たい湖に呑み込まれてゆく様が長々と映し出されるのだが、よくもこんな場面を撮影できたものだ。

戦闘場面は壮絶だが、ときどき挿入されるユーモラスなシークエンスは、ピンと来ない。ロシア人のユーモア感覚は泥臭くて、とても我々には理解できないと感じる。

この映画が制作されたのは、第2次世界大戦の危機が高まっていた時代である。この映画が当時の世界情勢をバックにした国威発揚映画であることは明らかだ。
ロシアを背後から脅かす蒙古の存在が描かれているが、これは、日本に他ならない。そして、ロシアを危機から救う英雄アレクサンドル・ネフスキイは、スターリンだ。
全編を通じて、プロパガンダ色がかなり強い。ただし、この映画は、単なるプロパガンダ映画には終わらず、現代に生き延びる価値を持った映画となった。
なお、スターリンは、ヒトラーがソ連に侵攻するとは考えておらず、ヒトラーを刺激することを極力避けたいと思っていた。このため、39年に独ソ不可侵条約締結されてから、実際にナチがソ連に侵攻する41年までは、この映画は、あまり上映されることがなかった。

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