タルコフスキイの世界(その4) 「惑星ソラリス」

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「惑星ソラリス」は、私が最初に見たタルコフスキイの映画である。1970年代の末か80年代の初め、札幌の場末の小さな映画館で見た(制作は72年。日本公開は77年)。タルコフスキイが誰なのかもまったく知らず、SF映画だからというだけの理由で見た。途中から入ったので、最初から4分の1くらいは見ていない。全編を何度も見られるようになったのは、DVDのお蔭である。

惑星ソラリスは宇宙のかなたの謎の星で、生物の存在は確認されないが、海は理性を持った有機体と推測されている。世界中の科学者たちが海と意思疎通しようと試みるが、成功しない。そして、ソラリスの軌道上にある宇宙ステーション「プロメテウス」との通信が途切れてしまった。その調査のために、心理学者のクリスが派遣される。

クリスの出発前、ソラリスの海の上空を飛んだ飛行士が見た現象を証言するビデオテープをクリスに見せる。しかし、クリスは興味を示さず、飛行士は憤慨して帰ってしまう。帰りがけの車の中からクリスに電話をかけ、「ビデオテープの証言では言わなかったことがある」と言う。この車が走っているのは、日本の首都高速道路だ。

「プロメテウス」に到着したクリスは、異常な静寂と荒廃を見る。彼の友人だった物理学者ギバリャンは謎の自殺を遂げていた。残った2人の科学者である天体物理学者のサルトリウスとサイバネティック学者のスナウトは、何が起きたのかを語ろうとしない。
暫くして、彼ら以外にも宇宙ステーション内に誰かがいることがわかってくる。サルトリウスの部屋では他の人影を見るし、ステーション内を歩く少女も見かける。二人の科学者は、それらに怯えている。
この不可解な現象は、ソラリスの海が知的活動を行っており、その結果として引き起こされていると推測される。そこで、謎を解明しようと、クリスはギバリャンが残したビデオを見るが、海にX線を放射したこと以外、手がかりはなかった。

眠りについたクリスが目覚めると、そこには10年前に自殺した妻ハリー(ナターリヤ・ボンダルチュク)が立っている。クリスは、ハリーの服が着脱不可能なのに気づく。彼女は、ソラリスの海が送ってきた幻だった。海は、人間の潜在意識を探り出してそれを実体化していたのである。10年前クリスとハリーの間になにがあったのかは分からないのだが、クリスが妻の自殺に自責の思いを抱いていることは分かる。
クリスは、嫌がる彼女を無理やりロケットに乗せ、宇宙空間に打ち上げてしまった。
ところが、ハリーは戻ってきた。ドアを破って入ってくる彼女。ひどい傷を受けるが、みるみる内に元通りになってしまう。
図書室でのスナウトの誕生祝いの席上、ハリーは、自分達は人間の良心の現われではないかと話す。
しばらくしてハリーは液体酸素を飲んで自殺する。しかし、蘇生する。クリスはいつしか、幻のハリーを愛するようになった。

図書室の壁には、絵が飾られている。ブリューゲルの「冬の狩人」だ。主人公が母親を回想する場面も、これと同じく雪に覆われた小高い場所だ。

クリスは、自らの意識を海に向けて放射することを提案する。実験を行った日から、彼のもとにハリーが現れることはなかった。ソラリスの海にも異変が起き、小さな陸地ができはじめる。

夢の中で、クリスは地球の彼の家と母を見る。目覚めるクリス。だが、置手紙を残してハリーはいない。
そして、クリスは、地球に帰還する。
冒頭に映しだされていた主人公の家だ。窓から居間にいる父親の姿が見える。父親も窓の外にクリスの姿を認める。父親は顔色ひとつ変えない。冷たい厳格な表情。
父親はハリーを迎えるためにドアを開けて外に出る。クリスは、父親の前にひざをつき、すがりつく。父親は、体をかがめるわけでもなく、手をさしのべるわけでもなく、主人公の前に立っている。

カメラは2人を上空から映しながら、どんどん高度を上げていく。雲が一瞬視界を遮る。それが晴れると、2人がいる家は、ソラリスの海に出現した孤島のなかにあることが分かる。

この映画は、ポーランドのSF作家、スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』(邦題は、『ソラリスの陽のもとに』。早川書房) を原作としている
『ソラリスの陽のもとに』では、主人公がソラリスの海に浮かびあがってきた陸地に下りる場面で終わる。主人公の心の中には期待が残っている。その期待は「彼女が私に残していった最後の期待であった」とある。

2002年にアメリカの映画監督スティーブン・ソダーバーグによりリメイクされた。残念ながら、一度見ただけで2度と見る気がしない駄作。

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