くるみ割り人形

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バレエ「くるみ割り人形」のDVDでベストは何か

ベストはイリーナ・ゴールプ
「くるみ割り人形」のベストはイリーナ・ゴールプのマリインスキイ版だと私は思う。

この選択には、大いに異論があるだろう。「くるみ割り人形」と言えばマクシーモワと昔から相場が決まっていたし、最近では、カプツォーワの ボリショイ版に人気があるからだ。
イリーナ・ゴールプのマリインスキイ版は、あらゆる点で「異色・異端」である。振り付けや舞台装置がこれまでのものとは一変している。それだけでなく、主人公マーシャの性格付けが全然違う。
こうしたことがあるので、最初に見た時は、拒否反応を示す人が多いだろう。私も、最初はかなりの違和感を持った。しかし、見ているうちに、バレエにも古典的作品の現代的解釈というものがあってよいのではないかという気になった(もっとも、このバージョンが「くるみ割り」のスタンダード版になるとは思えないが)。

第1幕のクリスマスパーティー。普通はマーシャ(西欧ではクララ)は両親から可愛いがられているのだが、ここでは疎外されている。大人たちは子供たちを無視して勝手に騒ぎまわっている。
後の場面もそうだが、この場面の舞台装置(部屋の壁)は、とくによい。

第2幕の戦闘場面は、普通はネズミ軍団とのちゃちな戦争ごっこだが、ここでは心底恐ろしい革命と戦闘だ。煙のなかから立ち現れるのは、ナポレオンのようにも見えるし、レーニン廟の上に並ぶソ連帝国の首脳陣のようにも見える。ネズミの首領とドロッセルマイヤーは、書物を見ながら、何やら企んでいる(世界制覇戦略か?)。

ここまで見てくると、「マーシャとは一体何もの?」という疑問が湧いてくる。他のバージョンで「くるみ割り」を見ているときには、決して生じない疑問だ。
私には、ロシアの民衆のように見える(とくに、都市の中産階級。または知識階級)。革命前、不足のない生活をしてはいるが、貴族が特権を享受している社会では、快適な居場所を見出すことができない。気が付くと、暴力革命に巻き込まれていた。しかし、スリッパを投げたら、ネズミ軍団は退散(つまり、ソ連は崩壊。ソ連は、スリッパだけで崩壊する国だったのだ)。誰かが皇帝の紫のマントを羽織らせてくれたが、そんなものは欲しくない。私が欲しいのは・・・

と、ここまで空想が進んだところで、画面では雪が降りだしてしまった。
ここで登場する雪の女王、エカテリーナ・コンダウロワ(後に、プリマ)は、このDVDの白眉である。彼女は、他の作品でも笑顔を見せないが、ここでもニコリともしない。そして、素晴らしいジャンプを披露する(なお、この後で、アラビアの踊りで蛇女を演じるのも彼女)。
コンダウロワは、「踊りそのものは素晴らしいのだが、このダンサーではどうも・・・」とこれまで感じていたところで、完璧な踊りを見せてくれる。雪の女王然り。ドン・キ・ホーテのストリート・ダンサー然り。パキータの第2バリエーション然り。しかし、あまりに冷い表情だ。

第3幕、グラン・パドドウで、ゴールプの溌剌とした踊りがよい。アダージョが終わって退場するところで、ちらっと後ろを振り向く。実に魅力的だ。
レオニード・サラファーノフは、王子でなく小僧という感じ。彼の超絶技巧が披露できる振り付けになっていないので、気の毒だ。葦笛の踊りは、ミツバチの踊りになっている。可愛らしくて、なかなかいい。

ボリショイの新プリマ、ニーナ・カプツォーワ
第2位は、ニーナ・カプツォーワの ボリショイ劇場版だ。
彼女は2011年にプリマ(プリンシパル)になった新進バレリーナ。この公演は、プリンシパル昇格直前のもの。すらりとした肢体で、きびきびした踊りを見せる。
振付は、ユーリ・グリゴローヴィチ版。
グラン・パドドウのアダージョが終わったところで、カプツォーワの顔が大写しになる。この人は少し反っ歯なのだが、それも魅力的に思えるほどの美人。
有名な「シュガープラムの踊り」の最後を決めてにっこり頬笑むところは、素晴らしい。

美人だし、技術的にも完璧に近いし、対観客サービスも満点だし、とにかく優等生で言うところはないはずなのだが、何か物足りないところが残る。マクシーモワにはあって、カプツォーワにはない何ものか。それは、何なのだろうか?

最後のコーダが終わると、舞台が暗転し、舞台のそでにマーシャが現れる。衣装も変わっている。移動する時間的余裕はないので、どこかでカプツォーワと別のバレリーナが入れ替わったわけだ(直前の場面では、マーシャは顔にヴェールを掛けられているので、すり替えがあっても分からない)。どこで変わったのか?グリゴローヴィッチは、ちょっとしたクイズを仕掛けているのだ(このすり替えは、マクシーモワ版でも同じ)。
王子役のアルチョム・オフチャレンコもよい。

マクシ―モワ、カークランド、レジュニナ、コジョカル
第3位として、4つ挙げたい。
一つは、エカテリーナ・マクシーモワとウラジーミル・ワシーリエフのボリショイ・バレエ版(グリゴローヴィチ版)。

マクシーモワを第3位に置くのはおそれ多いが、映像がとにかく古いので(ディジタル・リマスター版ができないものだろうか?)。
第3幕だけをナジダ・パブロワが演じるDVDもある(なお、パブロワの素晴らしい映像がYoutubeにある。これについては、最後に述べる)。
技術的にいうとパブロワが上だと思うし、華やかさ(アピール度)でいうと、カプツォーワが勝る。しかし、「見ているだけで幸せな気持ちになる」というのは、マクシ―モワだ。なぜこうなるのだろう?

一番最後に、「お菓子の国は夢だった」と悟る場面の微妙な表情の変化が素晴らしい。彼女は映画女優になっても成功しただろう。
観客の拍手にこたえる笑顔もよい。しかし、最後のカーテンコールでは、なぜか浮かない顔をしている。

ついでにいうと、9歳のワシーリエフと10歳のマクシーモワが葦笛の踊りを練習している珍しい映像が、「ボリショイ・バレエの栄光」というDVDにある。
このDVDには、17歳のマクシーモワがシュガープラム・フェアリーを踊って全国コンクールで優勝したときの映像もある。この映像は、「カーチャとワロージャ(邦題:愛のデュエット)」というDVDにも収録されている。

もうひとつは、ゲルシー・カークランドとミハイル・バリシニコフのアメリカン・バレエシアター版。

これは、スタジオ撮影だ。そのため、画面の色調は非常に美しい。カークランドはかなり頑張っているが、相手がバリシニコフでは、やはり気圧される(それに、彼女のバリシニコフに対する想いは、片思いだったらしい)。
雪の女王をシンシア・ハーヴェイが踊っている。雪の精と入り乱れてしまっているので、見分けるのはなかなか難しいが。
葦笛の踊りは、ここでは、狼と赤ずきんになっている。ロシアの踊りもよい。
この映画は、IBMが援助して作られた。私はLDで買った。私が買った最初のバレエ映画である。

もう一つは、ラリッサ・レジュニナのキーロフ・バレエ、カナダ公演。

レジュニナは魅力的だが、技術的にやや不安定な印象を受ける。

もう一つは、アリーナ・コジョカルのロイヤルバレエ版。
この版では、シュガープラム・フェアリーはマーシャとは別人になっており、吉田都が演じている。
なお、この踊りは、日本では「金平糖の踊り」となっているが、「シューガープラム」とは、名の通り、アンズくらいの大きさの砂糖をまぶした菓子である。

そしてパブロワ
さて、これはDVDではないのだが、ナジダ・パブロワがペルミ・バレエ・スクールに在学中にモスクワ国際コンクールで優勝したときのドキュメンタリー映像が、Youtubeにある。
「このように年少で無名のバレリーナに最優秀賞を贈るのは誠に異例のことですが、我々は彼女の踊りに感動しました。賛成の方は?」 すると、審査員の手がつぎつぎに上る。そして、「くるみ割り人形」のグランパドドウの音楽が流れ、リフトされたパブロワの映像が映る。
全部で数分間しかない短い映像だし、画像の質は大変悪い。しかし、本当に感動的だ。審査員たちが感動したのは当然である。これは、Youtubeにあるバレエ動画のなかで、最高のものの一つだ。

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