国家崩壊

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国はなぜ衰退し、壊れるのか?

「国がなぜ衰弱するのか?」というテーマの本は、この数年間だけ取っても、何点も刊行されている。
歴史を見ると、ある時代に世界を制覇した国が次第に衰退し、他の国が取って変わった。強国や最先端国、覇権国は、流転したのである。なぜそうした変化が起きたのか?いまの日本を再活性化するために、われわれはそこから学ぶことができるのか?

最強国の条件は「寛容性」
ローマ帝国は、征服した地域を抹殺してしまうのでなく、属州として植民地化した。
エイミー・チュア ( 徳川 家広訳)、『最強国の条件』(講談社、2011年5月)は、世界をリードする最強国の条件は「寛容性」だという。
これは、異なる人種や多様な宗教・文化を許容することだ。古代ペルシャ帝国の時代から、世界を支配する国や社会は、寛容政策を採用することで勃興したとチュアは指摘する。
ところが、寛容さが不寛容の種をまく。そして、時代が下がると、往々にして不寛容が次第に頭をもたげてくる。そして、排他主義に陥り、衰退し、滅亡する。
第2次大戦時における枢軸国は、(日本の台湾政策を例外として)民族的不寛容に陥ったが、それが戦争の帰趨にも影響した。ナチスドイツがウクライナで寛容政策をとったなら、東部戦線の結果は大きく違うものになったろう。
現代世界で寛容政策を取るのは、アメリカとイギリスだ。 日本経済再生の鍵は人材開国だと私は信じているのだが、『最強国の条件』を読んでその感を強めた。
問題は、これからの世界において、アメリカは世界最強国家であり続けられるかどうかである。そして、中国が最強国家になりうるか否かだ。本書の結論は、中国がアメリカにとって代わることはないというものだ。この見方に私も同感である。

ダロン・アセモグル, ジェイムズ・A・ロビンソン (稲葉振一郎 解説、鬼澤 忍 訳)、『国家はなぜ衰退するのか』(上、下)( 早川書房、2013年6月)も、チュアと似た議論を展開する。

すなわち、包括的な経済制度(市場経済とほぼ同義)の下でこそ、技術進歩に支えられる継続的な経済成長が可能であり、それは包括的な政治制度(民主主義とほぼ同義)の下でこそ可能だというのである。したがって、ソ連の成長は持続的でなかったし、いまの中国の成長も疑問だという結論になる。
「世代間の契約」が破たん
ニーアル ファーガソン (櫻井 祐子訳)、『劣化国家』、(東洋経済新報社、2013年9月)は、以上とは少し異なる観点から国家の問題を論じる。

彼によれば、先進国が共通に抱える構造問題として、人口高齢化と社会保障費の増大、そして国家債務の増大がある。
過去300年間における西欧国家の優位をもたらしたのは、イギリス名誉革命に始まる制度的要因だった(「大いなる分岐」)。しかし、最近に至って、社会保障費増大による政府債務の増大が、日本を含む西欧型社会の劣化を招いているという。
これは、「世代間の契約」が破たんしているためであり、西欧社会は「大いなる制度的衰退」を迎えているという。ここまでは、まったく賛成だ。しかし、「中央銀行による国債購入で国債利回りを低く抑えれば危機は表面化しない」というファーガソンの見解は、基本的には金融緩和で問題が解決できるとするものだ。この考えには賛同できない。
製造業とサービス業の中間的な産業が必要
ビル・エモット (烏賀陽正弘訳)『なぜ国家は壊れるのか』(PHP研究所、2012年8月)は、「アンナ・カレーニナの法則は正しくない」という挑戦的な指摘か始まる。
トルストイが『アンナ・カレーニナ』の冒頭で述べたこの法則は、さまざま機会に引用されるが、それには納得的な理由があるからだ(成功はさまざまな条件の積み重ねで初めて可能になるが、失敗はたった一つの条件によっても起こるため)国家の失敗も、さまざまな独自の原因によると一般には考えられている。

しかし、「日本とイタリアは共通の原因によって失敗している」と著者は言う。1970年代まで両国の経済成長率は高かったが、その後成長が止まったのだ。その原因は、人口高齢化ではない。著者が「バッド・イタリア」とよぶ保守勢力(労働組合、有力企業などで形成される特権グループ)が、90年以降強くなったからだ。
ところで、データによれば、2000年以降のイタリアで成功した企業は、研究開発、デザイン、宣伝、マーケッティングなど、生産行為と直接関係がない活動に投資を行なっていた。これらの活動では、製造業とサービス業の違いが明確に区別できない。この分析を元として、著者は、「製造業に頼るのでなく、革新的な知識集約サービス業を創出することが重要だ」と主張する。この分析と主張には全面的に賛成だ。
そして、北部都市トリノを成功例としてあげている。トリノでは、グッド・イタリアが、改革を妨げようとするバッド・イタリアに勝ったのだ。その結果、サービス業が目覚ましく成長した。こうした経験を踏まえて、「トリノに学べ」と著者は言う。
このように、本書は、「どうすれば、国家は再生できるか」という前向きの処方箋である。邦訳書のタイトル『なぜ国家は壊れるのか』は、ややミスリーディングだ。、原題が示すように、新 しい産業で成功したイタリア、トリノの経験を紹介が中心だ。
90年代における新興国工業化に対応できなかった点で、日本もイタリアと同じ問題に直面している。新興国と同じ分野で張り合おうとしたのだ。シャープに代表される日本家電産業の苦境は、それによってもたらされたものだ。
日本が学ぶべき点だ。日本にもトリノが生まれるだろうか?

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