マネーの理論

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マネーの理論
【2015年5月号】

ここでは、金融緩和政策の本質について論じた3つの文献を紹介しよう。
フェリックス・マーティン (遠藤 真美訳)、『21世紀の貨幣論』、東洋経済新報社 (2014/9/26)は、歴史的事件を通じて、マネーの本質が何かを解き明かそうとする。
古代ギリシャでのマネーの誕生、ジョン・ローのシステム、ソ連経済におけるマネーの役割など、興味深い。
【2013年5月号】
フィリップ・コガン (松本 剛史訳)、『紙の約束―マネー、債務、新世界秩序』、日本経済新聞出版社(2012/11)は、量的金融緩和際策の効果について悲観的である。
歴史上名高いジョン・ローの計画や南海泡沫事件が、金融緩和政策と基本的に同じ構造のものだという指摘は興味深い。「人口が高齢化する先進国は、経済力が新興国に移っていく状態を活用すべきだった」との意見に賛成だ。
ニーアル・ファーガソン、( 仙名 紀 訳)、『マネーの進化史 』、早川書房(2009年12月)は、ルイ15世当時のフランスでジョン・ローが、銀行券を増発することによって国の債務危機を救ったように見せかけたが、実際にはフランス経済を破滅させたことを描いている。

ジョン・ローのシステム
この3つの文献のどれもが、ジョン・ローのシステムについて述べている。
ジョン・ローは、17世紀から18世紀に生きたスコットランド人。財政家とか経済思想家と言われることもあるが、はっきり言えば「いかさま師」だ。フランスに渡り、ルイ15世の摂政であったオルレアン公爵にうまく取り入って、財務総監になった。
太陽王ルイ14世の乱費で、当時のフランス国家財政は破産状態だった。1715年にルイ14世が死去したとき、国庫債務残高は30億リーブル。財政収入1・45億リーブル、財政支出1・42億リーブルだった(Charles Mackay,Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds)。
ローのアイディアは、つぎのようなものだ。ローが設立する銀行が銀行券を発行し、これに法貨としての地位を与える(これで租税を払えることとする)。
現代経済での用語を使えば、中央銀行の相殺になって金融緩和政策を行なうということだ。
ローはさらに、ミシシッピ会社というものを作った。これは、フランスの植民地だったアメリカ・ミシッシピ川流域の開発を行う会社だ。そこには鉱脈が眠っているという触れ込みだったが、実際には何もなかった。これは、現代経済の用語を使えば、「成長戦略」ということになるだろう。
1717年、1億リーブルの資本金で会社が設立され、株式は国債で購入できることとされた。ファーガソンによると、19年に、債務支払いのため、会社は王室に12億リーブルを貸し付けた。
その規模は驚くべきものだ。会社の資本金は国家予算とほぼ同規模だし、貸付額は国債残高の半分近い。現代経済の用語を使って言えば、「異次元」ということである。
これほど大規模のことを行いうるのは、実体の変化を伴わぬ帳簿上の操作だからだ。つまり、規模の大きさは、政策が実体的内容を持たないことの証拠なのである。
これによって、国債が会社の株式に置き換えられた。国債なら返却する必要があるが、株式に返却義務はない。こうして、王室は巨額の債務から解放された(これと同じことが、現在の日本で、シャープの救済策として行われている)。
しかし、会社に事業収益があるわけではない。だから、資金調達は新株発行によってなされた。それは、株が上がり続ければ可能だ。そして、配当はローの銀行が発行する紙幣で支払う。結局のところ、国債という形の国の債務が、紙幣という形の債務に置き換えられたわけだ。
水面下では危機が進行していたのだが、人々はそれに気づかなかった。「一見して繁栄しているが実は衰退している」というメカニズムは理解できないものだ。これは、現在の日本人が円安のメカニズムを理解できないのとまったく同じである。
このスキームで必要とされるのは、会社の事業への期待と、紙幣が信用をもって流通することだ。株価は上昇したので会社株は投機の対象となった。バブルが生じ、フランスは熱狂状態に陥った。
しかし、20年に、紙幣価値への疑問が広がり、正貨への交換要求が起きた。これに対して、正貨保有額制限などの強権策が発動された。民衆の不満が高まり、貴金属の海外流出が起きた。そして、銀行は破綻し、スキーム全体が崩壊したのである。通貨が増発されていたので、インフレが起きた。ローは宮廷から放逐され、貧困のうちに死んだ。

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